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第18話 同じ手触り

Author: みだん
last update publish date: 2026-09-25 16:00:38

文化祭の前日、三組の教室は喫茶店になりました。

段ボールの赤いソファ、黒く塗ったテーブル、窓には紙でつくったブラインド。

天井から吊るした裸電球には、オレンジのセロファンが貼ってあります。

幸也くんの設計図どおりでした。

あの人はちゃんと作る人です。

ソファの中身が段ボールだということは、座るまで分かりません。

塗装のムラも、暗くすれば見えません。

どこを手を抜いて、どこを作り込むかの判断が、異様に速い人です。

午後八時になると片付けの号令がかかって、みんなが帰りました。

残ったのは、私と和樹くんでした。

「レジの釣り銭、数え直しといてって言われた」

「私は、メニュー表の最終チェックです」

「じゃあ、しばらくいるな」

それだけの会話をして、私たちは別々の机に向かいました。

外はもう暗くて、廊下の電気も落ちていました。

教室の裸電球だけがついていて、オレンジの光が机の上に落ち

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    文化祭の前日、三組の教室は喫茶店になりました。段ボールの赤いソファ、黒く塗ったテーブル、窓には紙でつくったブラインド。天井から吊るした裸電球には、オレンジのセロファンが貼ってあります。幸也くんの設計図どおりでした。あの人はちゃんと作る人です。ソファの中身が段ボールだということは、座るまで分かりません。塗装のムラも、暗くすれば見えません。どこを手を抜いて、どこを作り込むかの判断が、異様に速い人です。午後八時になると片付けの号令がかかって、みんなが帰りました。残ったのは、私と和樹くんでした。「レジの釣り銭、数え直しといてって言われた」「私は、メニュー表の最終チェックです」「じゃあ、しばらくいるな」それだけの会話をして、私たちは別々の机に向かいました。外はもう暗くて、廊下の電気も落ちていました。教室の裸電球だけがついていて、オレンジの光が机の上に落ちています。和樹くんは、十円玉を一枚ずつ数えていました。数え終わると、袋に入れて、また次を数えます。左手でノートを押さえて、右手で硬貨を動かしています。字を書くのは左なのに、細かい作業は右です。そういう人です。黙っていました。私も黙っていました。二十分くらい経って、和樹くんが立ち上がりました。「試作、飲む?」「クリームソーダですか」「余った材料で作っていいって言われた」和樹くんは、教室の隅の机に置いてあったソーダとアイスで、グラスを二つ作りました。緑のソーダに、白いアイスが浮かんでいます。さくらんぼは一つしかなかったらしく、私のグラスにだけ載っていました。「これ、和樹くんのぶんは」「俺、さくらんぼ好きじゃないから」そう言いながら、右手の親指が、人差し指の付け根を掻いていました。嘘です。和樹

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    文化祭までの一か月は、あっという間に過ぎていきました。三組の教室は、放課後になると喫茶店の内装作りに変わります。ベニヤ板を切って、赤い布を貼って、段ボールでソファの背もたれを作る。幸也くんが設計図を書いて、私が採寸を手伝っていました。私は結局、クラスの喫茶店と、久遠くんの展示の両方に関わることにしました。新太くんの焼きそばだけ断ったことになります。重い鉄板を持つのは辛いという理由を伝えましたが、結果として、三つのうち二つを選んだのです。そのことに、私はずっと気づかないふりをしていました。選ばなかったのは一つです。誰も選んでいないつもりで、私はもう選んでいました。◇衝突が起きたのは、文化祭の一週間前です。教室で塗装をしていたとき、新太くんが入ってきました。「澪。ちょっと来い」「今、作業中です」「十分でいい。鉄板の位置決めるのに、客の動線見てほしい」刷毛を置こうとしたとき、幸也くんが立ち上がりました。「だめ」教室の空気が、少し止まりました。「なんでお前が決めるんだよ」「今ここ人手足りてないから。あと三日しかないんだよ」「十分だって言ってるだろ」「新太の十分、いつも三十分じゃん」軽い言い合いのつもりだったと思います。少なくとも、最初は。こういうやり取りは、これまでにも何度もありました。順番がどうとか、誰が先に言ったとか。そのたびに幸也くんがふざけて、新太くんが怒って、最後は久遠くんの一言で終わっていました。その日は、久遠くんがいませんでした。「じゃあ聞くけどさ」幸也くんが、刷毛を置きました。「なんで澪ちゃんなの? 動線見るだけなら、クラスの誰でもいいだろ」新太くんが黙りました。「言えないんだ?」「…&hell

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    文化祭の話は、その日のうちに四方から来ました。最初は幸也くんでした。放課後、ノートを開いて、私の机に身を乗り出してきました。「三組、喫茶店に決まりそうなんだよ。で、内装を昭和の喫茶店っぽくするの。クリームソーダとナポリタン」「バイト先のおばちゃんに聞いたらさ、赤いソファの喫茶店が昔この町にあったんだって。それ再現しようと思って」「よく決まりましたね」「俺が三十分かけてプレゼンした」得意げでした。「でさ、澪ちゃんに接客やってほしいんだよね」「私、そういうの向いてません」「向いてるって。澪ちゃん、丁寧だし、字がきれいだからメニューも書けるし」幸也くんは、そこで少しだけ声を落としました。「あとさ。澪ちゃん、最近ずっと一人でいるだろ」顔を上げると、幸也くんはノートを見たまま言いました。「人が多いところにいたほうがいいと思うんだよ。考える時間が減るから」この人は、いつもこうです。ふざけた顔で近づいてきて、いちばん的確なところに手を置いていくのです。◇次は新太くんでした。下駄箱のところで待ち伏せされました。「うちのクラス、焼きそばになった」「そうですか」「手伝いに来い」「私、三組ですけど」「三組は人手足りてるだろ。喫茶店なんか座ってるだけだ」言い方は乱暴でしたが、理由はすぐに分かりました。「……鉄板、重いんですか」「重い。というか、外だ」新太くんは、少し言いにくそうに続けました。「文化祭は外部の客が入る。他校のやつも来る。この前みたいなのが、また来ないとも限らない」あの日、ロータリーで震えていた手のことを、この人はまだ引きずっているのです。「目の届くところにいてほしい」誰かを守るというのは、こういうことなのだと思いました。

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  • 分かれた彼が、全員私を溺愛してきます 〜私も彼ら全員を愛していますが、これはいけないことなのでしょうか〜   第13話 四人を産んだ日

    始業式の前の日、私は結城家に呼ばれました。呼んだのは幸也くんです。例によって勝手に決められていました。「母さんが澪ちゃん連れてこいってうるさくてさ」断る理由がありませんでした。むしろ、行かなければいけないと思いました。私はまだ、あの家を見ていなかったのです。◇結城家は、町の北側の住宅地にありました。私の記憶では、何度も行ったことのある家です。表札には「結城」とだけ書いてありました。玄関を開けて、最初に目に入ったのは靴でした。同じ大きさのスニーカーが、四足。サイズはほとんど同じで、色と汚れ方だけが違いました。一足だけ、かかとを踏んで履かれている靴があります。新太くんのです。見なくても分かりました。「おじゃまします」声が、少し震えたと思います。廊下の壁に、写真が飾ってありました。私はそこで、足を止めてしまいました。赤ん坊が、四人写っていました。小さな帽子をかぶって、白い布にくるまれて、並んで寝ています。四つとも同じ顔をしていました。その隣には、七五三の写真がありました。袴を着た男の子が四人、並んで写っています。もっと隣には、小学校の入学式。ランドセルが四つ。全部、なかったはずの光景です。「澪ちゃん? どうしたの」「……なんでもないです」結城家のお母さんは、明るい人でした。背が低くて、よく笑って、私の顔を見るなり「まあ、痩せたんじゃない?」と言って、台所に引っ込んで、五分後には唐揚げの皿を持って戻ってきました。「どんどん食べてね。うちは四人分作るから、量だけはあるのよ」食卓は賑やかでした。新太くんと幸也くんが唐揚げの最後の一個をめぐって言い合い、久遠くんが黙ってその一個を取り、和樹くんが笑

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